真田丸第7話あらすじ・ネタバレその1

天正10年1582年6月18日、滝川一益は、上野で北条家とぶつかった。滝川の軍勢は、初戦は優勢だったものの、神流川の戦いで、北条家の大軍を目前に総崩れとなった。箕輪城へ退却を余儀なくされた。

昌幸はその隙に人質になっている母とりがいる沼田城うぃ奪還した。ところが肝心のとりの姿がどこにもなかった。じつは、一益が箕輪城にとりを移していたのだった。昌幸は叔父の矢沢頼綱に沼田城を任せ、信幸には岩櫃城を抑えるよう指示した。

一方で昌幸は信繁と共に箕輪城ヘ向かっていた。

一益は北条との負け戦の渦中にありきっと沼田城や岩櫃城どころではないだろうと踏んで昌幸は乗り込んだ。
昌幸の踏んだ通り、満身創痍の一益は、昌幸たちを迎え入れると、もはや北条氏との勝負はこれまでとして、ひとまず自分の本拠地である伊勢ヘ戻ると言い出した。ただ人質のとりは、一益の兵たちが無事に信濃を抜けられるまでは、もうしばらく預からせてほしいとの事だった。
信濃を無事に抜けたらとりを返すと約束した一益は、昌幸との別れの杯を用意すると言ってその場を去る。
岩櫃城と沼田城を真田が攻略したとの情報が一益の耳に入っていないことを確信した、昌幸は、一益に知られる前に とりを奪還しようと、信繁に場内を探索させる。ほどなくして信繁は、とりときりの居場所を探しだし、一益が伊勢へ向かう道中で必ず助け出すことを2人に誓った。

 

その夜、昌幸は困惑した。なぜなら酒を酌み交わしていた一益が岩櫃城と沼田城を真田家に返すと言ったからだ。信長が滅んだ後、織田家をたて直すのが第一だと考えた一益は、上野信濃を国人衆に返還しようと考えていたのだった。これからは、どの大名に与するかは自分たちで決定するようと言って、昌幸をすっかり信用している一益だった。織田家再興の暁には、必ず戻るので、またこの地で酒を飲もうと昌幸に声をかける一益に、嘘をついていたことがバレれば、大事だと焦燥に狩られた昌幸は、信繁に後を頼み、真田の郷に急ぎ帰還した。

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その直後、一益は、家臣の長崎元家からすでに沼田城も岩櫃城も真田兵に抑えられていることを知る。また上杉の兵が信濃に攻め入ったのも虚報で、神流川で北条家と一益が戦っている間に、真田兵は真田の郷で戦況を伺っていたことも合わせて知ることになった。

信用していた真田の裏切りを知った一益だったが、翌日に箕輪城から信濃に向かい、夕方には小諸城に到着した。信繁と三十郎は、とりたちの救出のために小諸城に密入した。夜間、場内は一益の兵と小諸城の兵が入り混じり、顔の見分けがつかないところ狙った信繁は、堂々と城内に潜入し、とりたちを捜索したのだった。

一益の家臣になったり、小諸城の城代道家正栄の家臣になったり、信繁はなりすましながら、とりたちが監禁されている部屋を見つけ出すことに成功する。

信繁はふたりをいそいで連れ出そうとするが、きりが忘れ物をとりに行こうとして、信繁たちは、一益の家臣でも、小諸城の人間でもないことが発覚してしまう。結局、きりの忘れ物は信繁からもらった櫛だったのだが、その櫛が原因で、真田一味は囚われの身となってしまったのだった。昌幸には虚報の上に虚報を重ねられ、その息子信繁も人質を奪還しにきたことから、もはや真田は信じるに値せず、と信繁らを人質として伊勢に連行することにし、2人だった人質は、4人にまで増える結果となってしまった。

 

 

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